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February 2011 の投稿一覧です。

カテゴリー: 総合

投稿者: imaeda

 今日、広島市と広島県が共催するようなかたちの、防犯フォーラムに出席してきました。

 地域における防犯活動がかなり活発になっているようです。私が毎朝街頭に立っていても、子どもたちの登校を見守る地域の保護者・町内の方々が目立ちます。

 地域における防犯活動や、子どもの安全を確保する取り組みが活発化したきっかけは、池田小事件などいろいろあると思いますが、広島においては木下あいりちゃんの事件の影響が強いようです。
 木下あいりちゃんが育てていたひまわりの種から生まれた子孫を育てて広げていこうという取り組みもあるようで、同事件で加害者の弁護人を務めた私としては、複雑な思いもします。
 いろいろな思いが交錯しますが、今の私ができることは、子どもや女性を中心とした犯罪被害が1人でも減ること、犯罪の被害に遭った人の支援が充実するために体制を整える努力をなすことなので、自分にできることを精一杯やろうと思いました。

 一昔前までは、犯罪原因論や犯罪機会論は、法学部で刑事政策・犯罪学を専攻した人などごく一部の人だけの知識でしたが、今は幅広く知識が共有されてきているようです。
 平成14年をピークに、犯罪を減らす活動が活発化し、犯罪件数がかなり減っていることなど、その道の専門家であるはずの私でさえ詳しくは把握していませんでしたが、地域の防犯活動をなしている皆さんは知っておられました。

 安全・安心なまちづくりのためには、
①防犯行動が自然にとれる意識づくり
②互いに支え合う地域づくり
③犯罪の起こらない環境づくり
が重要ということでした。

 安全・安心なまちづくり「ひろしま」地域活動支援サイトのアドレスを紹介します。

http://www.pref.hiroshima.lg.jp/anzen/

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投稿者: imaeda

 いまえだ仁の決起集会の日程が決まりました。

 仮称:いまえだ仁君を市政に送り出す集い

 日時:3月12日(土曜日)午後0時(正午)~

 場所:リーガロイヤルホテル広島 4F ロイヤルホール

 ゲスト(予定):大仁田厚氏(プロレスラー・元参議院議員)
 
 会費:5000円(当日会場にて申し受けます)

 
 これから案内を、後援会名簿を中心にファックスや郵送で送ることになりますが、なにぶん期間がないので、行き届かないかもしれません。

 案内が来ないが、ご出席くださる方は、このホームページの一番右の「後援会加入・ご質問」のページの送信フォームからお申し込みされるか、直接後援会にお電話かファックスをください。
 案内を待たずにお申し込みいただいてもかまいません。

 一昨日、中区の情勢が中国新聞に載ったからか、昨日今日と後援会加入申し込みがこれまでに比べれば急増しています。
 管理入力が追いつかず、嬉しい悲鳴です。
 しかしそのことで、加入者の方にご迷惑をかけては申し訳ありません。
 疑問などがありましたら、積極的にメール、ファックス、お電話でお尋ねください。
 よろしくお願いします。

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投稿者: imaeda

 今日は、紙屋町東でセイカツしました。
 街中なので、9時を過ぎても人通りが多く、というか増えるので、9時半過ぎまでセイカツしてしまいました。
 明日は、最近セイカツしていない、住吉町か吉島にしようと思います。

 最近は、広島学院の同級生や先輩方のご支援をお願いする活動が多いです。
 月曜日は、広島学院の仲間内が毎月1回集まる会合に出席させて頂き、自己紹介のスピーチをさせてもらいました。
 準備はしっかりし、メモも作成していたのですが、結構食事も進んで和やかになったところでスピーチをふられたので、「この雰囲気でメモを見ながらはマズい」ととっさに判断し、メモを見ずに話しましたが、結果としてアドリブでグダグダの話になってしまいました。
 これも経験、と思い、勉強になりました。

 広島学院の同級生がけっこう真剣にやる気になってくれており、これまで遠慮していたのが悔やまれるほどです。
 やはり僕は、みんなと同じように進級して卒業していないのが、コンプレックスというか、引け目になっているのかもしれません。

 決起集会の予定が、一応3月12日(土曜日)の昼となりました。
 正式決定ではないですが、この日時になる可能性が高いので、来て頂ける方は、できるだけこの日時を空けておいてください。
 前からお世話になっている、プロレスラーで元参議院議員の大仁田厚さんも、来広をご快諾くださいました。
 但しお忙しい方ですから、確実かどうか分かりません。

 僕が3年前に出した、扶桑社「なぜ僕は悪魔と呼ばれた少年を助けようとしたのか」を、広島限定で増刷する交渉を今しています。
 本ホームページの、プロフィールのページに写真があるやつです。
 僕の原点から書き起こしていますので、できたら読んでください。
 「本が増刷できるんだったら、市長選にしとけばよかったよなあ」という声が、いくつか寄せられました。

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投稿者: imaeda

 今日はセイカツできませんでした。
 疲れがたまってきたのかもしれません。
 明日のセイカツは、舟入・江波方面を予定します。


 前回に引き続き、神社の成り立ちについての諸説を紹介します。
 なお、これらは、私が古代史研究をしてきた中での理解ですので、実際の説と多少異なるところがあるかもしれませんが、ご容赦ください。


3 航行安全祈願説
 
 古代は、道路が発達していたわけではなく、大和時代のように馬が普及したわけでもありませんので、交通と言えば、船、海でした。

 しかし、古代の船は素朴なものであり、海の状態についての知識も限られていましたので、航行の安全は、死活問題でした。
 
 そこで、航行の安全を祈願するために、神社が建立されたというものです。

 代表的なのは、住吉大社。三大社は、大阪、下関、福岡にありますが、いずれも古代の海の要所です。当時の海岸沿いに建てられています。
 広島も、中心部の本川沿いに、住吉神社があります。ちなみに、私の氏神になります。

 ちょっと話がわき道に逸れますが、下関がある関門海峡は、潮流が激しく、難所であるとともに、船のキーステーションでした。
 当時は、遠賀川も、洞海湾を経て、関門海峡に繋がっていました。遠賀川と言えば弥生時代の遠賀川式土器で有名ですが、弥生時代後期からぷっつりと生活の跡が途絶えており、東に移住したとみられます。

 「瀬戸際」(せとぎわ)という言葉がありますが、多くの人は、これを「崖っぷち」と同じような意味と誤解しています。
 しかし、「瀬戸」は、海峡を意味します。
 海峡に囲まれた海だから、「瀬戸内海」というわけです。
 「瀬戸際」というのは、船が瀬戸を出るときに、岸が左右に分かれており、どちらに行くかの分かれ道だ、ということです。
 つまり「瀬戸際」とは、分かれ道を意味するのであり、危ないとか追い詰められたとかいう意味はまったくありません。

 住吉大社の話に戻りますが、モチーフになったのは、オリオン座の三ツ星ではないかと言われています。
 暗い夜に航行する場合、方角の基準は北の北極星ですが、北極星が見えない場合、オリオン座の三ツ星を見ます。
 三ツ星は、東の空に縦に並んで出てきて、南の空で横になり、西の空でまた縦に並んで沈みます。
 つまり、一環して東から西の方向を指して並んでいるのです。
 神社の祭神の数が三柱とすることが多いのも、ここから来ているのかもしれない、とも言われます。
 住吉大社は、大和朝廷の外港である難波津から、瀬戸内海を通って関門海峡、そして博多津という、古代のハイウェイの守り神だったのかもしれません。
 住吉神社には、農業と降雨に関わると思われるふつうの形状の鳥居はありません。

 また、「三輪神社」の命名にも、三ツ星が関係しているかもしれません。

 なお、九州から朝鮮半島にかけては、福岡県宗像市にある宗像大社の担当です。
 「宗像三女神」と言われ、天照大神と須佐男とのうけいにより生まれた、3人の女神とされます。
 また「三つ」が出てきます。
 ここでは、1つの神社の中に三柱ではなく、奥津宮、中津宮、沖津宮と、3つの社殿を分けて、航路沿いに建てていることが注目されます。
 いずれにせよ、「三女神」というのは、航海の守り神であったオリオンの三ツ星から来ている可能性もあります。

 この宗像大社の祭神である市耒姫(いちきひめ)を移したのが、広島にある厳島神社です。
 
 厳島神社は、平清盛が建てたと言われていますが、実際には遅くとも7~8世紀頃には存在しており、平の清盛がなしたのは、再建・増築の類に過ぎません。
 
 厳島神社と対岸の廿日市・大野の間は、かなり狭い海峡になっており、西の九州方向から来て、そのまま北の沿岸沿いに行くと、府中など広島湾の奥や海田沖を通ったあげく、音頭の近くまで南下し、また北にUターンして、大柿島の西から北を通り、ぐるっと回って能美島の西岸を南下して通るなど、めちゃくちゃな回り道を強いられます。

 音戸ノ瀬戸は、平の清盛が切り開いたとされますが、ここを航行できることによって、回り道の負担が一定程度減りました。
 
 しかし、音頭の瀬戸を航行できなかったころは、厳島をぐるーっと回ってショートカットし、厳島東岸から直接、能美島西側に出て、南下するのが近道です。
 古代人とて暇ではなく、このショートカット航路を使わなかったはずがありません。

 そう考えると、厳島神社は、もともと海峡から出る「瀬戸際」において、近道として向かうべき方向を示す道しるべのために建てられたのかもしれません。

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投稿者: imaeda

  今日は、セイカツできませんでした。
 引き続き明日のセイカツの予定も、①吉島、②御幸橋西詰とします。
 昨日がバレンタインデーだったので、これについても論じたいのですが、引き続き、神社について考察します。

 神社の成り立ちには、諸説あります。

 私の理解では、

1 雨乞い・雷説
2 火山鎮火説
3 航行安全祈願説
4 怨霊封印説

などがあります。
 どれか1つが正しいということではなく、これらの要因が複合しているというのが正解だと思います。
 
 今回は、1と2を紹介します。
 

1 雨乞い・雷説
 
 これは、神社は雨乞いのためになされる施設で、目的は雷を呼んで、雨を降らせることにあった、とする説です。
 
 日本人は、縄文時代末期から、農耕民族です。主たる作物は、稲です。しかし、灌漑が進んでいない古代では、雨が降らないと稲は育たず、死活問題になります。

 神社に入るには、まず、「天」という字に似た、鳥居をくぐります。「天」は、「アマ」ですが、「雨」も、「アマ」です。雨はもともと天から降るものなので、同じ「アマ」ということです。
つまり、鳥居は、神社が天と雨の施設であることを示しています。

 先に進んで神社の本殿に着くと、大きな鈴からぶら下がった太い縄を揺らし、鈴を「ガラン、ゴロン」と鳴らします。これは、「ゴロゴロ」という雷の音を鳴らし、雷を呼んでいるということです。

 見上げると上には、雲を象徴する、しめ縄が張られています。

 そしてその下部や、神主さんが振ってくれる棒の先などに、白い紙をギザギザに切った、カミナリ様のものがあります。これで、雷が落ち、願い通り雨が降るというわけです。

 この雷を、雷神とするのです。
 
 神がゴロゴロ鳴るから「神鳴り」=「カミナリ」
 
 田んぼに雨を降らすから、「田」の上に「雨」で、「雷」
 
 稲の妻だから、「稲妻」、ということです。

 ギザギザの「紙」と「神」までがかけられているかまでは、分かりません。

 余談ですが、弥生時代の集落は、吉野ヶ里遺跡のような環濠集落、つまり丸い濠をめぐらせたものが多いです。
 
 吉野ヶ里遺跡は4重の環濠が巡らされています。

 これは稲作によりムラやクニができ、財産という観念が広がり、鉄器も普及したことから、戦や略奪が多くなり、外敵から集落を守るために造られたものです。

 環濠集落以前は、馬蹄形集落がありましたが、これもほぼ環状に近いものでした。

 この環状集落が、ムラやクニに発展していったのです。
 
 中国では、四角い城壁で囲んだことから、「国」という字になりましたが、日本では、集落は丸かったので、適切な漢字ではないということになります。

 日本のことを「和」と言いますが、その起源は、ムラ・クニが「環」「輪」、つまり「丸い」ことだと思います。
 
 これは、環濠集落が丸かったこと、つまり集団の形として「環」「輪」「丸」がイメージされていたことによると思います。

 英語でも、趣味の仲間を「サークル」と言ったりします。
 
 それが後に、仲良いこと、つまり「和」と結びついたと思います。
 
 仲良いことは、「円満」とも言います。「円」は「丸」い状態です。
 
 日本文化が、「和」を大事にするのは、環状集落で、協力して稲作をなさなければならなかったことと無関係ではありません。

 「大和」は「大きな和」。つまり数々の「環」「輪」「和」、つまりムラやクニが集まった国家、「大きな和」ということです。「ヤマト」とは読めません。

 日本の国旗は「日の丸」(但し、元々は江戸幕府の旗印だった)。「環」、丸い形です。

 日本の通貨は「円」。「環」、丸を意味する漢字です。

 いずれも、丸いという形状と、それが示すイメージに関連します。

 ちなみに、「縁がある」の「縁」も、「エン」という点で、「円」と共通する意味合いがあると思います。


2 火山鎮火説

 神社が発生し、広がったのは、日本列島に数多い火山の鎮火を願うためだ、という説もあります。

 さらにこの説は、弥生時代に日本の中心だった北九州ではなく、大和の地に統一国家ができたのは、近くに火山が無かったからだ、とも言います。

 九州では、阿蘇や雲仙、九重、霧島、桜島など、雄大な火山が多く、頻繁に噴火していましたから、火山が無くて広大な平地がある場所を求めて、大和に行き着いた、とされます。

 火山の仕組みが分かっている現代であればいざしらず、古代の人々にとって、火山の噴火は、恐怖と畏敬に値するものだったと思います。

 古代日本の火山の代表格と言えば、中国の書物にも名前が登場する、阿蘇山です。世界一大きいカルデラ火山とされています。

 もっとも、鹿児島湾は桜島の姶良カルデラである、とする説も有力であり、縁がとぎれていてもカルデラと認めるのであれば、こちらの方が大きいという説もあります。

 そして、古代日本では、阿蘇山の名前、「アソ」は、火山一般を指す一般名詞であるとします。

 東日本の火山の雄、浅間山は、「アソヤマ」からきているとします。

 もう一つの雄、富士山の山頂は、富士浅間神社の所有土地で、この神社は「センゲン」と読むのですが、訓読みすれば「アサマ」「アソヤマ」です。

 ちなみに、鳥取の大山は「ダイセン」と読みますが、これは山陰・北陸系の渡来人が、大和系と異なったこと、おそらく越や呉の系統であったことからくると言います。
 
 江の川を「ゴウの川」と読むあたりから、中国南部の長江流域、つまり呉「ゴ」の国からの渡来人とします。
 呉は、「南船北馬」の南船、つまり船の文化ですが、広島県には、港湾都市「呉」もあります。
 
 さらに、大きな神社は火山の噴火を沈めるために、大和朝廷から見て、その火山がある方向に造られた、ともされます。
 
 たとえば、大分の宇佐神宮は、阿蘇山ないし雲仙の噴火に対し造られたとします。

 なお、宇佐神宮については、日本史上有名な宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)の舞台となっており、朝廷がなぜ遠い宇佐神宮に神託を伺いに使者を立てたかというと、もともとそこが天皇の祖先がいた地だからだ、という説もあります。
 
 古事記や日本書紀の神話は、どこまで史実に基づくか判断に迷う面もありますが、神武天皇が宇佐に滞在したとい
う記述があることは、天皇の系譜と絡めてなんらか宇佐に言及する必要があったのではないかと注目されます。

 私見では、応神天皇が、北九州の「八幡」を根拠地にしていたところ、宇佐、安芸、吉備を経て難波に東進したことの名残と思います。
 宇佐神宮は「八幡」神社の総本山であり、北九州の八幡に通じます。
 広島市の西部や、岡山市の中心部近くにも、「八幡」という地名があります。

 この「八幡」が魏志倭人伝に言う「邪馬台国」の名残で、北九州から宇佐を経て、大和盆地に移動したという説もあります。
 「大和」が本来「ヤマト」とは読めないので、「ヤハタ」「ヤンワタ」の音に、先に述べた理由で「大きい和」の漢字を当てただけとします。

 また、伊勢神宮は、富士山ないし三原山の鎮火を沈めるために、造られたとします。
 諏訪神社の対象は、浅間山です。

 これらの火山、神社の多くは、名前が「ア行・サ行」のパターンで共通します。
 阿蘇、宇佐、伊勢、浅間、有珠など。
 「ウソをつく(火山を突く)」と、火山が噴火すると恐れた地域もあったようです。

 
 雷にしろ、火山にしろ、「恐ろしい」「畏れ多い」という感情の対象です。

 火山の噴火は地震を招くこともあります。

 当時の人間の理解を超えた自然現象を、信仰の対象としていったという考え方があるということです。

 昔、恐ろしいものを、「地震、雷、火事、親父」と言ったそうですが、恐れるだけでなく、畏れ、敬い、信仰の対象だったというとです。

 
 次回は、

3 航行安全祈願説
4 怨霊封印説

を考察します。

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投稿者: imaeda

 今日は雪で、寒かったですねえ。
 今日のセイカツは、立町で行いました。
 明日のセイカツは、①吉島か、②御幸橋西詰を考えています。
   
今回は、マイベストプロに投稿した、「ヤマトと古代史」というコラムを転載します。
 ちょと「トンデモ」な話に見えるかもしれませんが、ちゃんとオチがついています。

今回は、ちょっと弁護士業とは関係なさそうな話をします。
 しかし、弁護士の仕事と古代史・考古学は、物証と供述証拠を基に過去の事実関係を解明していく、という点では似ています。

 映画スペース・バトルシップ・ヤマトが話題になっています。木村拓哉が古代進を演じるということで、話題になっています。

 私は、原作「宇宙戦艦ヤマト」のモチーフについて、自説を持っています。

 直接的なモチーフは、太平洋戦争(大東亜戦争)末期、米軍の攻撃を受けた沖縄を助けるために、不利を承知で出港し、鹿児島沖で米軍潜水艦の魚雷を受けて大破し、沈没した「戦艦大和」であることは、疑いようがありません。家族や愛する人、祖国を守るため、困難なミッションを背負い、帰らぬ人となった乗務員たちの覚悟ある悲痛な戦いをイメージしています。
 
 しかし、もう一つのモチーフがあります。
 7世紀、大和の国の軍隊は、朝鮮半島の百済の国を再興するために、朝鮮半島に大軍を送りましたが、白村江の戦いで、新羅と唐の連合軍に敗れました。
 朝鮮で「新羅」は「シルラ」と読みますが、日本では「シラギ」です。これは日本人(大和朝廷)が、新羅のことを「鬼」(ぎ)と呼称していたことを示します。
 朝鮮で「百済」は「パクチェ」と読みますが、日本では「クダラ」です。これは朝鮮語の「クン・ナラ」(わが母国。「奈良の都」は「ナラ・国の都」という意味)からきており、日本人(大和朝廷)の一定数の人が、百済のことを、クン・ナラ、故郷と思っていたことを示します。
 つまり、朝鮮半島まで軍を送って闘った、百済を守るための新羅との戦いが、戦艦大和のモチーフではないかと思います。
 これで、主人公の名前が「古代進」になったのにも理由があると分かります。
 目的地イスカンダル星と大敵ガミラ星が、実は隣同士という秘密がありましたが、百済と新羅も隣どうしです。

 ちなみに、白村江の戦いの数年後、天智天皇は都を東方の大津に遷都しましたが、天智天皇の死後、壬申の乱で大津皇子と闘う天武天皇は、太陽が昇る東方から攻め上ろうとして、東方から回り込み尾張から攻め上がって勝利を収めます。
 
 聖徳太子が送ったかどうかは別として、小野妹子の遣隋使の時代から、大和の国が、日の出づる「東」を重視していたことが窺えますが、大陸と朝鮮半島の軍事力と文化に対抗意識をもった大和の国は、白村江の敗戦後、つまり7世紀末に、国名を「日本」と正式に変えます。このころ中国の書物に初めて「日本」が登場しますし、少し後には正史「日本書紀」が編纂されます。

 「日本」は、「日の本」からきていると言われます。しかし、「本」である必然性の説明にはなっていません。「出」「昇」「上」でもよいはずです。
 私の説は、「東」という漢字を二つに分解しただけ。逆に言うと、「日」と「本」を重ねれば、ほぼ「東」になります。
 日本では、東は特別な方位とされています。
 国技である相撲では、土俵は「東対西」で東が上位。
 皇太子が住まれる館は、「東宮」。
 日本の首都は、「東京」。なお、東京という地名は、江戸に遷都する際に、皇族の方が考えられたそうで、東に対する特別な思い入れがあったと思われます。
 「ひがし」という読みは、日が出る「ひ」「きし(岸)」からきます。
 「あずま」という読みは、「私の住まい」を意味する「あ」「ずま(住まい)」からきます。

 ここまできて、ヤマトのモチーフとなったと思われる朝鮮半島への軍事行動の話に戻りますが、その際の体験が、「桃太郎伝説」になっていったのではないかと思います。
 先ほど述べたように、「シラギ」は「シルラ」の「ギ(鬼)」であり、大和朝廷が新羅を「鬼」と捉えていたことが窺え、新羅が鬼ヶ島のモデルとなった可能性を示唆します。
 また、大和朝廷は、百済を再興しようとする百済の皇太子と共に闘いましたが、この人こそが、「百済」の「皇子」で「百太郎」。つまりモモタロウというわけです。なぜ「百」が「モモ」と読めるのかはよく分かりませんが。
 これで、なぜ桃太郎が「日本一」という、物語とはまったく関連なさそうな旗印を掲げているのかも分かりますね。白村江の戦いから壬申の乱を経て「日本」という国号と国家的アイデンティティが確立された経緯を象徴しているのです。

 最後に、「くだらない」という言葉は、「(もう)百済ない」からきているという説もあります。

 

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投稿者: imaeda

 次に、昨年の12月24日にマイベスト・プロに投稿した、サンタクロースについてのコラムを転載します。
 まったく「セイカツ」「政治活動」には無関係にも見えますが、「セイカツ」は「生活」「精神活動」の意味もあります。
 また、政治活動についても、本人がどういうパーソナリティーで、何を考えているのかは重要な事情となり得ると思います。


 今日は、クリスマス・イブです。

 クリスマスは、イエス・キリストの誕生日と言われていますが、新約聖書にはキリストの誕生日に関する記述はなく、誕生日には諸説あり、つまり12月25日が誕生日とは一般的にみなされておりません。

 クリスマスが12月25日となったのは、冬至祭りが起源だからではないか、という説が有力です。
 冬至は、力が衰えた太陽が、再びよみがえって力を増していくターニングポイント、いわば太陽の再生の日ということになります。

 サンタクロースの起源については、東ローマ帝国の聖ニコラウスであり、「セント・ニコラウス」がなまって、「サンタクロース」となったという説がほぼ定説に近い有力説です。
 聖ニコラウスは、貧しい子どもたちに、プレゼントを配ったという言い伝えがあります。

 
 ところで、サンタクロースは、なぜ夜に、わざわざ煙突を通って部屋に入り、わざわざ靴下の中にプレゼントを入れて帰って行くのでしょうか?
 ドアや窓から入ればよいし、煙突がない家や部屋ではどうするのか?
 プレゼントを枕元に置くだけでなく、靴下に入れる必要があるのか?

 世界の神話・伝説は、ギリシャ神話から日本神話まで、意識的にか無意識的にか、性的なイメージがモチーフにされたものが多いと言われています。

 サンタクロースも、伝説の類に入りますが、やはり性的なモチーフに基づく伝説である、というのが心理学の立場からは言われています。

 サンタクロースは、もちろん男性ですから、サンタクロースが夜に部屋に来るのは、女性からみた男性との性交渉をイメージしています。

 なぜドアや窓ではなく、わざわざ煙突を通るのかについては、性交渉において細長い所を通る必要があるわけで、これについての説明は省きます。

 なぜわざわざ靴下にプレゼントを入れるかと言うと、靴下は、心理学では無意識で子宮を指すものだからということです。


 そんなこんな考えていると、日本ではクリスマス・イブが聖夜ではなく若いカップルの「性夜」となっていることが嘆かれていますが、そうなるのは何も理由がまったくないことではないのかな、と思います。

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投稿者: imaeda

 以前にも書きましたが、中国新聞主催のホームページ、マイベストプロ 
    http://mbp-hiroshima.com/
 にも、ページを持っています。

 今後、そこにこれまで書いたコラムを少しずつ転載していこうと思います。
 先日、マイベスト・プロの交流会があったのですが、弁護士としての専門性とは無関係のコラムも、けっこうおもしろいとおっしゃる方もおられましたので。
 
 今回は、神社考【1】 政教分離規定との関係 です。


弁護士の仕事は、物証と供述証拠から過去の事実関係を推測するという点で、古代史・考古学に共通する性質があります。
 また、いろいろな物事や状況が、いかなる法則に基づいて発生・発展してきたのかを考察するという性質においては、言語学・民俗学などに共通する点もあります。
 弁護士の職を基本にしながら、古代史・考古学・言語学・民俗学などを研究したり書籍を出版している人は、結構多いです。

 今回は、新年の初詣が近づいていることから、神社の成り立ちについて考えてみたいと思います。多くの日本人は、神社に行くのは新年と受験祈願くらいで、クリスマスを祝い、結婚式は教会式もアリで、葬儀と法事は仏教で行う、というような多宗教(無宗教)の人が多いと思いますが、真摯に神道を信仰しておられる方もおられると思いますので、失礼がありましたらまずお詫びします。

 まず弁護士的なことから言いますと、日本国憲法20条3項において、政教分離、つまり政治と宗教を分離しなければならないと規定されています。
 しかし、神道を教条化し、天皇を神格化して軍部が統帥権を掌握して、軍国主義が助長されて敗戦に至った経緯から、実際に政治との分離を問題にされているのは、事実上神道だけです。これは天皇制を象徴天皇制として維持する代わりに政教分離を取り入れた、という経緯もあります。公明党は創価学会を母体としており、連立内閣に参加して政権与党となることもありましたが、政教分離の問題は特に大きく取り上げられていません。他にも、幸福の科学を母体とする幸福実現党なども出てきていますが、政教分離の問題にはなっていません。

 この点、私個人的には、もちろん戦前の軍国主義の増長や大陸・南洋などへの軍事行動など反省すべき点が多々あるのは承知していますが、とにかく「戦前は悪である。戦後は反省に立ち善である」とし、戦前を切り離して、他人事のような批判精神で反省と称し、戦後アイデンティティを統合した結果の、行き過ぎた自虐史観が蔓延し過ぎているからであると思います。

 政教分離の規定は、ほとんどキリスト教の宗教国家と言ってよいアメリカ合衆国からの輸入です。アメリカでは裁判の証言に際し、聖書に手をあてて宣誓をします。証人はたとえ裁判官や陪審員の前では平気で嘘をつけようとも、神の下では嘘はつけないはずである、というコンセンサスがあります。つまりアメリカは、政教一体国とも言えます。しかしあまりにも国家と宗教とが一体化しているがために、プロテスタントとカトリック、聖書原理主義者、ユダヤ教などの摩擦が激しく、特定の宗教が過度に弾圧されるような事態を生じないよう、政教分離規定が設けられたという経緯があります。むしろ、アメリカでは国家と宗教がほとんど一体化しているからこそ、少数者の信教の自由を保護するために、国と宗教の一体化に一定の歯止めをかける意図で、政教分離規定がもうけられたのです。
 もともとまったく系統が異なる、神道と仏教とキリスト教とが共存できた日本とは、土壌が異なります。

 政教分離違反で裁判となった事件には、三重県津市が、市の体育館建設にあたり、神式の地鎮祭を行い公金を支出したことが問題とされた津地鎮祭訴訟(合憲)、箕面市が小学校の増改築のため、遺族会所有の忠魂碑を移転する費用などを支出したことが問題とされた箕面忠魂碑訴訟(合憲)、殉職した自衛官の夫を山口県護国神社に合祀されたキリスト教徒の妻が宗教的人格権を害されたとした自衛官合祀拒否訴訟(合憲)などがありますが、いずれも、目的や効果などを細かく検討して、国家と宗教の過度の結びつけとなるか、そのような印象を国民に与えるものかなどを考慮して、認定しています。

 ほかに、靖国神社に関する訴訟は多数あり、これは国際政治とも関わる特殊な問題があるので、これらについては別の機会にお話します。

 続いて、神社の成り立ちについて民俗学・言語学的な考察をお話します。

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投稿者: imaeda

今日のセイカツは、南大橋東詰でした。
  明日のセイカツは、①メルパルク前か、②NHK前にします。

  市長選は、市民団体が豊田副市長を推薦するというような記事が出て、民主党も歓迎するような内容でした。

  密かに、原口一博元総務大臣とか呼ぶんじゃないかと思っていましたが・・・
  原口さんは、人間の安全保障にも理解が深いし、今民主党で微妙な位置にいるので、かなり有望かと思っていました。

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投稿者: imaeda

 中国新聞主催のホームページに、マイベストプロ広島、というものがあります。

  http://mbp-hiroshima.com/top

 これは、広島で活動する各種のプロの掲示板を集めて、あなたのベストプロを紹介します、というようなページです。

 各種プロの紹介があるほか、コラムや、イベント紹介などの記事が載っています。

 私もときどきコラムを書いていますので、読んでみてください。

 昨年11月以来、何度か大きく各プロの顔写真入りで中国新聞に広告も出ています。

 ここに登録しているプロさんたちが集まる交流会が、明日午後7時から、中国新聞本社であります。


 今日のセイカツは、舟入本町でした。
 明日のセイカツは、①南大橋東詰め、②三川町を予定します。

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投稿者: imaeda

  今日のセイカツは、八丁堀でした。
  明日のセイカツは、
  ①舟入本町 ②舟入・河原町
 を予定します。

  先週の土曜日、トーストマスターズクラブ・もみじの見学に行ってきました。
  http://momijitmc.main.jp
トーストマスターズクラブは、英語によるスピーチ・プレゼンテーション能力を向上しようというクラブ活動ネットワークですが、もみじは、広島では初めて、英語と日本語の両方を使う、バイリンガルなクラブということです。

  あらかじめ決められたテーマや、その場であてられたテーマについて、多くの場合は英語で、一部は日本語で、スピーチし、自分の意見を述べます。それらは、傍聴したメンバーによって採点されます。

  英語を読み、書き、そしてちょっと聴くくらいまではなんとかなっても、英語で考えて、英語でプレゼンテーションするというのは、訓練と慣れが重要だと思います。

  セイカツにおいても、自己の考える政策や意見などを、説得的にスピーチ・プレゼンテーションできなければなりません。

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投稿者: imaeda

 今朝は、住吉・加古町の交差点でセイカツしました。

 これからは、セイカツ場所の予告登板をしたいと思います。

 とは言え、予定した交差点に、他の候補者がすでにいた場合、場所を変えるのが仁義だと思っていますので(みかさんやあんりさんは、私がいる交差点に後から来てガンガンやっていかれました。女性はたくましいです)、やむを得ず場所を変えることはあります。舟入本町交差点などは、激戦区で、めったに立てません。
 よって、第2候補まで予告しておきます。

 明日のセイカツは、
 ①白島交差点
 ②紙屋町メルパルク前
を予告します。

 たまに、他の候補者の支持者による妨害とおぼしき行為をされることもありますが、政党や組織も経験もないのに、それだけ警戒されているのだと思うと、自信がつきます。


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