2015年12月02日

窃盗症(クレプトマニア)と万引きの繰り返しについて(続き)

カテゴリー: 総合

投稿者: imaeda

まず大前提として、数百円から千円程度の万引きは、初犯や2回目くらいまでは、警察限りで微罪処分、3~4回目くらいまでは検察庁に送られても不起訴、ということを知ってください。
 もともと、その犯罪自体で被害が大きく、刑罰の対象となっているような犯罪ではありません。
 被害者としても、犯人が万引きで捕まるのが3~4回目くらいまでであれば、犯人は処罰されないような犯罪です。
 被害者にとっては同じ被害なのに、犯人が捕まった回数で、処罰されたりしなかったりというのが現状です。
 本来必ず処罰の対象になるような犯罪であれば、病気を理由にして処罰されないというのは不合理だと思いますが、犯人の側の事情で処罰されたりしなかったりする現状をまず前提にしてください。
 被害者からすると、犯人が捕まった回数が少ないから処罰されなかったからといって、どうすることもできないという状況です。

 そうすると、捕まるのが3~4回目くらい(もっと多いこともあり)までの被疑者が不起訴になるのはよくて、刑務所から出所したばかりの人を不起訴にするのは絶対にダメなのか、という議論になります。
 捕まるのが3~4回目までの人は、まだ犯罪性向が進んでいないことから、不起訴になります。
 そうであるならば、執行猶予中の人、出所後間もない人に、刑務所で受刑してもなお窃盗を繰り返してしまう、なんらか不起訴にしてもやむを得ない事情があれば、不起訴にすること自体は許されるのではないかと思います。
 問題は、窃盗症というのが、上記の事情でも不起訴にするのがやむを得ない事情と言えるかどうかでしょう。

 窃盗症は、衝動抑制の病気です。皆さんは、単に窃盗を止められず繰り返すのが、すなわち窃盗症と思っておられるかもしれませんが、そうではありません。
 刑務所に行ってまでして、出所後、また万引きをしたらあの刑務所に行くことになるのに、300円の歯磨き粉を何十個も万引きするというのは、さらに、万引きした品物を毎回店に戻しに行くような事例は、経済的目的でなく、窃盗をすること自体が目的化した衝動行為と言えると思います。これが窃盗症の特徴です。
 お腹がすいたからおにぎりを万引きしたという人は、欲しい物を盗るという経済的目的があるので、窃盗症とは親和しにくいとみられます。

 本件の被疑者は、次に窃盗を犯したら、100%起訴されるでしょう。
 しかし、この状況でさらに万引きをしたとしたら、その行動はやはり不合理で、それこそ窃盗症であるという兆候であるというパラドックスが生じます。
 病気であることを認め治療しながら、病気だから必然的に襲ってくる再犯の衝動を抑え再犯を防止しなければなりません。

 ですので、窃盗症の診断と治療は、万引きで捕まるのが3~4回くらいまでのときに機会を与えるべきと思います。
 その段階では、窃盗症でない犯人もまだほとんど処罰を受けないレベルであり、刑罰との代替のジレンマも少ないと思います。
 窃盗症の治療を受けることを義務付け、それをしなかったことに対して処罰するのではなく、それをせずに次の窃盗をしてしまったときに、通常の窃盗犯であればもう1回起訴猶予になるところを略式罰金にしたり、通常は略式罰金になるところを起訴して執行猶予(ただし保護観察付)にする等、再度の犯罪に対する処分・処罰の面で考慮するというシステムは、法改正や条例がなくても可能なように思います。
 もっとも、事実上、国民の権利を制限し、義務を課すわけですから、法律の留保の観点から、立法や条例制定が望ましいとは思います。

 窃盗を繰り返す者に、だんだんと処罰を重くしていくこともそれなりの理由もありますが、それで再犯を防止できればいいものの、それで再犯を防止できない者に対し、再犯を防止するために効果的な処置をするというのは、それほど不合理なことではないのではないかと思います。
 万引き窃盗罪の実態は、処分をだんだん重くしても繰り返し、被害と被害者が累積していっているのが実情です。その悪循環を、治療によって早く断てられ、再犯を防止できるのであれば、潜在的に被害者になり得る国民全般の利益になるのではないでしょうか。

 最後に、悪人を弁護するときにどういう思いで弁護しているかについてですが、もちろん私も人間ですから、殺人や強姦などの凶悪犯に対しては、嫌悪感も感じますし、憤りも感じます。「なんでこんなに反省しないんだ?」「なんでこうあっけらかんと自分のことばかり考えて主張するんだ?」と思うことも多々あります。
 しかし、日本の刑事裁判が当事者追行主義をとる以上、検察官が訴追して被告人の悪情状を立証し、弁護人が弁護して被告人の良情状を立証して、その双方の立証の結果を第三者である裁判官が判断するのですから、弁護人としては被告人の良情状ばかりを主張立証するのが役割です。弁護人がそれをやらないと、適正な処罰ではなく、重すぎる処罰になります。適正な処罰を実現するには、検察官も、弁護人も、一生懸命ベストを尽くす義務があります。弁護人の弁護の効果で、適正な処罰よりも軽い処罰になったら、それは弁護人のせいではなく、検察官がなすべきことを十分やらなかったからです。
 このように割り切って、弁護士は刑事弁護をやっているのだろうと思います。

 例えは悪いかもしれませんが、私の「PK理論」というのがあります。
 サッカーで、ペナルティアリアの中でファールをしたらPKになるのは、そこがゴールにシュートできるエリアであり、その中でゴールを守ろうとするファールは、偶発的なハンドなどを除き、通常悪質だからです。
 それでPKになりますが、いくら悪質なファールでも、キーパーがいなくてもいい、ということにはなりません。
 キーパーがいて、一生懸命飛んでこそ、PKが成り立ち、ファールをしたチームが失点するのです。悪質なファールだからといって、キーパーは要らないとか、そもそもPKをせずに点を入れるとか、そういうことにはなりません。
 つまり、キーパーがいないと、悪質なファールも罰せられない訳です。
 PKが外れたり、キーパーが止めたりして、失点がなくてファールがチャラになったとしても、それはキーパーのせいではなく、キックを失敗したキッカーの問題です。
 このように考えると、キーパーとしては、たとえファールがどのようなものであろうと、一生懸命飛ぶしかないということになります。

 刑事裁判に置き換えれば、どんなに悪質な犯罪や犯人であろうと、弁護人が一生懸命弁護しなければ、処罰もできないということになります。
 処罰しなくていいのか? 答えはノーでしょう。
 弁護人なしで有罪にし、重い刑にしていいのですか? 近代的自由主義・民主主義・法の支配の理念を持つ国は、全てノーと言っています。それがおかしいと思うのであれば、前近代国家の発想です。
では、弁護人は手抜きをすればいいのでしょうか? これもそれを正当化する理論はないと思います。
 誰かが一生懸命弁護しなければ、悪質な犯罪も処罰できない以上、誰かがやらなければならないし、やる以上は一生懸命やる以外の選択肢はないのです。

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